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Liber_7

Liber_7 Fragments




 この企画はLass7thStyle『Liber_7 -永劫の終わりを待つ君へ-』の一部(SideStory)として、世界を断片的に語りつつも、本編とは "まったく別" の語り口で展開していきます。 当企画はtwitterアカウント @lass_official で連載していきますが、関連ツイートにはハッシュタグ『#Liber_7_Fragments』をつけますので、まとめて読むときなどに、ご利用ください。 また『Liber_7 Fragments』は、関連ツイートに対して、RTをしたり、物語の展開に対してのアンケートに答えることで、展開が変化します。皆様も "参加" してみてください。
では改めまして、これよりユーザー参加型twitter連載SS企画『Liber_7 Fragments』をはじめます。

Liber_7 Fragments
 すべての可能な文字列の中に、すべての物語は存在する。
 かつて書かれた物語も、これから生まれ来る物語も。
 無限の文字列には至高の物語が内包されているはずだが、その物語が偶然生み出されるのを待つには、この宇宙の寿命ですら短すぎる。

 だから、この物語は、貴方に向けて語りかける。
 誰かのために語られることで、無限から有限の可能性に収束し、その文字列ははじめて意味を持つのだ。
 そう、貴方の心に読み取られるとき、その文字列は「物語」として動き始める。 

 そして、ここからはじまる物語は、貴方の心と繋がり、響き合う物語。
 貴方がつぶやき語る言葉(RT/ハッシュタグ)に影響を受け、貴方の選択した思い(アンケート結果)に応じて、紡がれる物語は変わっていく。
 私も、貴方も、「物語」の一部になる。そして、この物語の行き先を、今は誰も知らない。

 ここで語られるのは『Liber_7』という物語の断片(Fragments)。
 それは『Liber_7』の部分であり、『Liber_7』の中では語り得ない物語であり、『Liber_7』の世界を別の視点で見つめる目でもある。
 『Liber_7』という物語の全貌が明らかになるまでの間、その断片に触れ、ともに物語の行く末を見守っていただきたい。

Fragment;01『Scar』
宇治野靖弘 / 涅葦原 / 間宮脳研 / ドラスベニア / プロビデンティア / プロビデンティアの誕生


Fragment;02『ツィベリアダの異常な日常』


Fragment;03『転校生「広原萌生」の噂』




 

Fragment;01『Scar』

 新綾女駅から溢れる群衆の中で、奇妙なほどに目を引く男がいた。
 それは男の外見的特徴のためだろうか? 服装は目立つほどの派手さはなかったが、群衆に紛れるには背が高く、服の上からでもわかるほど分厚い体をしていた。 よく見れば、その額と顎に大きな"疵(きず)"が刻まれており、男が尋常な世界の住人ではないことがうかがえる。
 だが、それらの特徴が他人の目を引く理由ではなかった。
 佇まい――。その男が纏う雰囲気のようなものが、平和な日常にあっては異質なものであり、すれ違う人々の目を引いてしまうのだ。 ただし、その男を直視するものはほとんどいない。すれ違い様に一瞬視線を止めるにすぎなかった。無意識のうちに異質な存在と関わるのを恐れたためだろう。 やがて、男は服のフードを深く被り、雑踏の中へと姿を消す。さっきまで異様な存在感を放っていたはずの男が、まるで幻影のように掻き消え、雑然とした日常の中へ紛れ込んだ……。

「宇治野靖弘」
 この町に帰ってきたのは、何年ぶりになるだろう……。
 故郷と言えるほどの愛着があったわけではないが、想い出をなぞることも難しいほどに、この町――綾女ヶ丘は変貌していた。 その最たるものが、見る者を威圧するためだけに存在するような高層ビル――新綾女ランドマークタワーだ。 清潔で取り澄ました町の景観を見るほどに、俺の中の「絶望」は確かなものになっていく。自分の中に、まだ絶望し足りない何かがあったことに微かな驚きを覚える。

 俺は気配を消して、人の群れへと紛れ込んだ。俺が次に向かった場所は新綾女ランドマークタワーだった。

 タワーの周辺は駅前以上の発展を見せていて、かつての面影は何一つ残されていない。林立する高層ビルと整理された区画によって、過去は見事に塗り潰されていた。 地上階には巨大なショッピングモールが併設され、その前はスクランブル交差点になっている。絶えず人と車が行き交うこの場所は、まさに綾女ヶ丘市の心臓部だった。
 『アヤナス』という名前のショッピングモール。大企業のオフィスに銀行。ホテルに多目的ホール。目を通しておいた地図や資料と、現物を頭の中で比較しながら、俺は『計画』を練っていく……。
 新綾女ランドマークタワーの69階――スカイラウンジへは直通のエレベーターがあり、地上階から1分もかからなかった。スカイラウンジの窓から、綾女ヶ丘市全体を見渡すことができた。 窓のガラスにそっと手を触れながら、俺は眼下に広がる綾女ヶ丘を一望する。
 ――改めて、この町は「歪(いびつ)」だという印象を覚えた。
 地理的な条件から考えても、歴史的な背景から考えても、この新綾女周辺の発展は過剰すぎる。その歪さが最も顕著なのは、この塔(タワー)だった。 ここは町のすべてを――自分の所有物を睥睨(へいげい)するための場所なのかもしれない。 この塔は「あの男」の自己顕示欲そのもの。自らの威光を民に示し続ける『ジグラット』なのだ。
 

 天を威嚇し、神に挑戦するような塔に対して、聖典では神罰が下された。だが、神のいないこの世界において、「あの男」の傲慢の罪を裁く者はいない。 では俺が「神の代わりに罰を与えよう」と言うべきなのだろうか?
 違う……。そんなのは欺瞞に過ぎない。
 この世界に神などいない。もしいたとしても、この俺が神の名の下に何かを成そうとするなんて、あってはならないことだ。 「神なき世界において、完璧な死を得るにはどうしたら良いのか」。それが俺に残されたすべてなのだから……。
 俺は展望フロアの窓から町を見つめながら、過去の出来事に思いを巡らした。

 それは綾女ヶ丘市の過去について――。
 この町で生まれ育った俺でさえ、この土地の過去を深く知り得たのは、町を出て何年も経った、ごく最近のことだ。 今でこそ一地方都市とは思えないほどの発展を見せている綾女ヶ丘市だが、その昔、この場所は「涅葦原(くりあしはら)」と呼ばれる湿地帯で、住む者もいないような土地だった。 水捌けが悪く、盆地の大半が湿地湖のような状態だったので、まともに使え土地は、今俺がいる新綾女を中心としたごく一部の範囲だけ。
 利用価値のあまりない湿原であった「涅葦原」の運命が変わったのは、この一帯を支配していた「間宮」家が、積極的にこの土地を利用しはじめてからだ。

 昭和初期。
 当時の間宮家当主である間宮龍蔵の提案により、この土地に陸軍の造兵廠――軍需工場が建築された。しかも極秘裏にだ。 交通の便も悪く、有用な広い土地もない「涅葦原」に作られた施設。そんなところでまともな兵器が生産できるのだろうか?
 太平洋戦争敗戦時に「特殊研究処理要綱」の通達によって、すべての資料が破棄され、その施設の内実は闇の中に消えてしまっている。 だが、俺の推測では涅葦原造兵廠は、戸山の防疫研究所登戸の科学研究所、もしくは大久野島のような存在だったのではないかと考えている。 つまり「明かされてはならない研究」を行い、「存在してはならない兵器」を開発していた、そういう場所だったということだ。
 今となっては、ここで生み出されていた『何か』を知ることはできない――だが、まるで罪の証拠を隠すように、戦後、この土地は急激な変貌を遂げることになる。 河川と湿地湖の境が分からないほどの湿地帯を徹底的に埋め立て、初音市から鉄道を引くために山を切り崩し、丘を切り通す。 丘陵地を切り開いて住宅地を整え、造兵廠があった地域を中心に商工業が発展し、都市化していく。 過去を塗り潰すような大規模な開発を続けて、やがてこの土地は「涅葦原」という古い名前を捨て、「綾女ヶ丘」という町になったのだ。 この「綾女ヶ丘」は最初から、『過去』や『真実』を埋葬した土の上に建てられた場所だったということだ。
だが、「綾女ヶ丘」に隠されていたのは、それだけではない。

 俺は、綾女ヶ丘と間宮家のことを調べるうちに、間宮脳科学研究所の情報に辿りついた。
 今は間宮総研と名前を変え、市の郊外に施設を移してはいるが、そもそも間宮脳科学研究所があったのは、この場所――涅葦原造兵廠の敷地だったのだ。
 戦後、綾女ヶ丘で行われた大規模な開発の最中、造兵廠の痕跡はことごとく消し去られた。そして、跡地には「間宮病院」という大規模な私立病院が建設された。 そして、その「間宮病院」も「間宮医科学センター」に、さらに「間宮脳科学研究所」と名前を変える。 地の底に埋めた「穢れ」を恐れて、何度も何度も上から塗り重ねるように、土地の経歴を上書きしていったのかもしれない。
 俺は幼い頃、間宮家の関係者が運営していた児童養護施設「あやめ園」で生まれ育ち、幾度となく、その研究所と行き来していた記憶がある。 間宮脳科学研究所で何が行われていたのか、その当時の俺には理解はできていなかった。 だが、街を離れ、世界中を放浪した果てに、裏社会の住人になってしまった俺は、「間宮脳科学研究所」がどんな場所だったのか理解できるようになっていた。
「あやめ園」という児童養護施設に集めた子どもたちを、「間宮脳科学研究所」に送り、人体実験の対象にしていたのだ……。 幼い頃の俺も、何の説明も受けることもなく、数限りない実験の対象にされていたというわけだ。今、こうして生きていられるのは、単に運が良かっただけなのかもしれない。
 その「間宮脳科学研究所」も、今はもうない。過去を覆い隠す、この巨大なランドマークタワーに姿を変えてしまった。 この街とその住人は、知らず知らずの間に、間宮家に運命を狂わされてきたと言っていい。そして、今なおそれは続いている。

 俺がこれらの間宮家と綾女ヶ丘の秘密を知ることが出来たのは、日本から遠い異国の地でのことだった。そこは――ドラスベニア連邦共和国という名の東欧の小国だ。
 俺は成人を待たず日本を離れ、世界を放浪していたが、流れ流れて、いつしか民間軍事会社で働きはじめることになった。所謂、傭兵と言われる存在になった。 最初のころこそ警備警護の色の強い仕事ばかりを請け負っていたが、思想も信仰も持たない俺は、やがて犯罪組織や反政府ゲリラ、果てはテロリストとも仕事をし始める。
 家族のため――祖国のため――神のため――人は武器を取り、戦場に向かう。だが、俺には何もない。単なる戦争の道具、いや人殺しの道具としての俺を必要とする他者に力を貸し、他者の命を金に換える日々を過ごしていた。
 そんな日々の中、欧州と中東の境であり、中世から戦乱の絶えなかった『ドラスベニア』の地を訪れた。

 民族浄化の名の下に敵対する民族を虐殺する惨劇が各勢力ごとに頻発し、『ドラスベニア』は誰が誰を怨んでいるのかも判然としないような、泥沼の紛争地帯になって十数年が経過していた。 だが、各地の武装勢力を無差別に攻撃し、壊滅状態に陥れる謎の部隊『ユーリシャ・オ・ルージャス』の出現により、『ドラスベニア』国内は膠着状態の戦場が増え、俺が訪れたときには厭戦の気配すら強くなっていた。 十数年続く紛争で国土も国民も疲弊しきっており、憎悪と復讐の連鎖を止めてくれる「誰か」を待望しているように感じられた。 だが、俺が参加したのは、その『ユーリシャ・オ・ルージャス』の正体を探り、撃滅するために組織された部隊だった。
 俺は、そのときまで、一度も依頼主の思想や信条で仕事を選ぶことはしてこなかった……。だが、このときだけは妙な違和感を覚えて、逆に依頼主の背景を徹底的に調べ上げることにしたのだ。 依頼主は表向きにはドラスベニア国内で劣勢に立たされた一武装勢力だったが、支給される武器の品質や量に不自然さがあったので調べた結果、欧州の軍需企業がスポンサーになっていることに気付いた。
 民間軍事会社にも所属していた俺だ。軍需企業が戦争そのものをビジネスの種にしたり、戦場を武器の見本市にしたり、新兵器の実験場にすることがあることを知らないわけではない。 だが、その軍需企業ですら巨大な権力機構の一端に過ぎず、あの「間宮」家とも関わりを持つほどの巨大なネットワークであると知ったとき、俺は心の底から絶望することになった……。 その権力機構は、語る者によって名前すら変わるが、俺は『プロビデンティア(Providentia)』と呼んでいる。 

 ドラスベニアの武装組織を援助し、戦争ビジネスのために紛争の継続を望んでいた軍需企業、その背景を探っているときに見つけた『プロビデンティア』という組織の名前。
 それを目にしたとき最初に連想したのは、「プロビデンス(Providence)」―― キリスト教における『摂理』を意味する単語だ。 俺は無宗教な男だが、狂信的な武装組織と関わることもある傭兵稼業のせいで、世界宗教の知識は嫌でも頭に入ってきてしまう。
 俺の理解では、『摂理(プロビデンス)』とは、神の意思によるこの世界の"秩序"や"法則"のことを指す。神に創造されたこの世界の森羅万象――人の運命もすべて、神の意志の内にあるという考え方だ。 古代から神学者たちなどによって延々と考えられてきた概念ではあるが、これを象徴する『プロビデンスの目』というシンボルは、ある種の組織が好んで用いることで有名なのだ。
 世界の秩序を守護し、また支配することを目的とする"秘密結社"という組織。摂理の下にある世界の秩序を監視する"神の目"と考えれば、このシンボルを好むのは当然とも言える。 それらの秘密結社には、フリーメーソンリーバヴァリア啓明結社三百人委員会ビルダーバーグ・ソサエティNewWorldOrderなど無数に存在し、虚実綯い交ぜで陰謀論的に語られている。 実際は会員同士の相互扶助を目的にしている組織だったり、富裕層や政治家の社交目的の組織だったり、単なる妄想や都市伝説の過ぎないものも多いが、馬鹿げた無数の虚の中にも「真実」は存在している。
 『プロビデンティア(Providentia)』のリストを見ていくと、各国の指導者や政治家、世界規模の大企業の代表、王侯貴族だけでなく、大規模な宗教団体の教祖や犯罪組織のトップなどの名前まであったが……。

 そして、その中に『あの男』――間宮景虎の名前を見つけてしまったのだ……。

 最初は何かの間違いではないかと疑った。自分の生まれ故郷では名士ではあるし、財閥と言ってもおかしくない財力と権力を持ってはいるが、世界規模の秘密結社のメンバーになるほどの存在だろうか、と。 しかし『プロビデンティア』と間宮景虎の関係を丹念に調べていくに従い、その必然性を理解しはじめる。

 ライン川沿いには、ドイツのフライブルク大学、フランスのストラスブール大学、スイスのバーゼル大学という、歴史が古い名門大学が集まっており、一部の学生は国境を越えて交流していた。 欧州の学問の中心とも言えるこの地で交流していた、12人の学生や教授が作ったサークルこそが、のちの『プロビデンティア』になる。
 メンバーの中には、「クラウス・アイヒマン」「間宮景虎」「アイナス・レーベンハイト」「スタニスラウス・ヒンターシュトイザー」などの名前が確認できる。 当時は単なる学術結社(サークル)に過ぎなかったグループだったが、メンバーのうち、ある者は病で夭逝し、ある者は世界大戦で戦死し、ある者は戦後社会で地位や権力を手に入れていく……。 各国に散ったメンバーたちは戦後も交流を保ち、やがて『プロビデンティア』の名の下に巨大な権力のネットワークを形成していく。 つまり、間宮景虎は『プロビデンティア』の創設者のひとりと言える存在だったのだ。
 それを知ったとき、俺はあることに気付いてしまう。
 綾女ヶ丘に生まれ、あやめ園で育ち、間宮脳研で知らないうちに実験動物(モルモット)扱いされていたこの俺は、自分の存在理由を求め日本を飛び出し、流浪の果てに傭兵になった。 だが、俺が全存在を賭けて身を投じていた戦場でさえも、『プロビデンティア』の――間宮景虎の手の上に過ぎなかったのだ……!

 俺は、この世のすべてに絶望している。
 すべてに絶望し、すべてを捨てた俺は、"ここ"に帰ってきた。すべてのはじまりの土地である、この「綾女ヶ丘」に――。

 新綾女ランドマークタワーのスカイラウンジから広がる展望を目にしながら、俺が今ここに戻ってきた意味を確認した。 では俺がこれから成そうとしていることは、世界を睥睨する「神の目」を名乗る存在への復讐なのだろうか?
 再び、自分に問う――。
 
 答えは、否だ。
 自らの卑小な自尊心を「神の名の下」で正当化し、私怨を「信仰の熱狂」とすり替えるような、腐ったテロリストたちを数限りなく見てきた。それは俺にとっては最も忌むべき存在だ。
 逆だ。
 「神なき世界において、完璧な死を得るにはどうしたら良いのか」。それが、俺に残された唯一の問題なのだ。
 俺はスカイラウンジを後にし、新綾女ランドマークタワーから外に出る。スクランブル交差点を行き交う数え切れないほどの人の波。それを眺めながら俺は心が静まりかえっていくのを感じる。 これから俺が成すことは、俺の人生を、この町を、この国を、歴史を操ってきた大いなる存在に対する復讐ではない。
 「完璧な死を得る」ための、自らの倫理の箍(たが)を破る、『自由意志』への挑戦――。 心の中で、そう自らに宣言しながら、俺は雑踏の中へと紛れた――。

Fragment;01『Scar』 END